2011年12月19日

パチンコ界巨人「マルハン」韓会長 震災被災地に7億円寄付

市場規模20兆円、パチンコ業界の雄である<マルハン>の韓昌祐(ハン・チャンウ)会長。密航船で下関に着いてから64年、パチンコ界の巨人となったハン会長が、マスコミ初登場でインタビューを受けた。作家の山藤章一郎氏が報告する。
* * *

渋谷駅から東急本店に向かった右手、赤い看板の〈マルハンパチンコタワー渋谷〉。雨の午後。

「渋谷のあのビル、1階にマルハンがない。外からパチンコ台が見えない空中店舗を見上げてサーッと血の気が引きました。そんなパチンコホールはこれまでなかった」

以下、〈マルハン〉韓昌祐会長インタビュー。ハン氏はこれまで、日本のマスコミにほとんど登場していない。

戦後の混乱、昭和、平成をパチンコで生き抜いてきた伝説の人物である。日本最大のパチンコホール〈マルハン〉会長。韓国慶尚南道生まれ。80歳。インタビューは、東京駅に隣接したビルの東京本社で。

仕立てのいいスーツに高い背を包んでまっすぐ歩く姿に、老いの気配はない。質問をさえぎることなく、穏やかに話す。話の端々に「在日」の誇りをにじませる。

氏は6月30日、石巻に行った。

「テレビには映りませんが、臭いもひどい。泥が流れてきて下水が詰まり、大きな船が町に揚がって。人間は完全に自然に負けた、今こそ日本全国民が結束して復興させるべきだと思いを強くしました」

災害の3日後、寄付を決めた。総額5億円。

「日本に住む市民のひとりとして国難に立ち向かおうと。さらに、全国のチェーン店で展開した募金活動やボランティアで結局7億近い寄付をさせていただきました。

パチンコといえば、脱税してる、暴力団と結びつきがある、ボロ儲けする、ダーティなイメージを持たれています。たしかに昔はそういうこともありました。それを、マルハンが変えてきた。昔のような白いズボンに白い靴、茶髪、そんな者はひとりもいない。

売り上げは2兆円を超してなお上がっていますが、経常利益は大きな商社と同程度の2%ほどです」

渋谷店は約1000台、50億円を投資した。他の地域なら8店舗は出せる。平成7年だった。西から東京に乗り込んだマルハンの売り上げは1600億円。一方、東京から北に攻めていったライバル・ダイナムコーポレーションは、884億円。

ダイナムはその年、7億円で平均480台の店を7店舗つくった。6店舗か7店舗あれば1店舗が失敗してもリスクは少ない。マルハンは一時的にトップに立つが2年でダイナムに抜かれた。自著『わが半生』(マルハン刊)の中でこう述懐する。

〈電灯ひとつつければいくらになるか。原価計算できる店長になれ。店長は攻撃力が大事だ。相手を攻めていく力を養わないといつのまにか攻められると口を酸っぱくしました。資本主義は、商売の戦争です。戦争は、負けてはいけない。

相手に遠慮していると、こちらが死ぬ目に遭う。いまでも渋谷は家賃が高く営業上は失敗店、経営効率が悪すぎると反省しています。しかし、若い者に任せたのです。ここを切り抜けてがんばれと〉


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「銀だこ」社長 縁もゆかりもない石巻に本社移転の経緯語る


震災の傷跡がいまだ生々しい宮城県石巻市。冬を迎え、“しゃっこい”空気に包まれた街の中で、「ホット横丁石巻」の看板が掲げられた一帯には活気が溢れていた。

トレーラーハウスで営業する焼きそばやたい焼などの店には行列ができ、傍らに設置されたステージでカラオケを歌う人もいる。まるで縁日のような風景。12月5日、被災地支援のために石巻に本社を移転した、「築地銀だこ」を運営するホットランドが作った“商店街”だ。

同社の代表取締役・佐瀬守男氏は、ここで自らたこ焼を焼くなど陣頭指揮を執っている。石巻には縁もゆかりもなかった同社の「本社移転」までの決断の経緯を佐瀬氏に聞いた。

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――本社移転前から、石巻を毎週訪れているそうですね。

佐瀬:ええ、木曜から日曜までの4日間は石巻で、残りは東京という生活です。石巻では私もユニフォームを着て店頭に立ち、たこ焼を作ります。たこ焼のほか、お好み焼やラーメン店などが軒を連ねる「ホット横丁石巻」は新業態で、私も新鮮な気持ちで楽しくやっています。

――もともと石巻には店舗はなかったとか。

佐瀬:そうなんです。きっかけは今度の大震災でした。3月11日の東日本大震災では、真っ先に社員とパートの安否確認を行ないました。特に東北エリアは連絡が取れず、3日かかってようやく3000人以上の所在が確認できたのですが、社員の一人である伊藤武彦君の宮城の実家で、お父さんが津波で亡くなられたことが判明した。それで、お母さんと妹さんのいる石巻の避難所にしばらく帰すことにしたのです。

その後、伊藤君に、東京の我々にできることはないかと聞いてみたら、「避難所の人たちに温かいものを食べさせてあげたい」と言うので、当社の移動式たこ焼店舗である「銀だこカー」で石巻に行って炊き出しをやることにした。有志が40人集まり、私も一緒に東北の被災地に向かったのです。

――現地の様子や反応は?

佐瀬:避難所では寒い中でも行列ができて、アツアツのたこ焼をとても喜んでいただきました。だけど、瓦礫の町を目にして、「これだけで終わりにして東京に帰っていいのか」という思いに駆られてしまったんですね。

ひとまず伊藤君に「石巻で『銀だこ』をやってはどうか」と提案したら、本人も「やる」と言うので、それを応援しようと思いました。

しかし、現実は「建物なし」「物流なし」のお手上げ状態。製粉・ソース業者など取引先に声をかけて、被災地のために何かしたい、何とか材料を届けたいと相談すると、彼らも思いは同じで「うちも一緒にやりたい」と言うんですね。

それなら、いっそドンと投資して10店くらいまとめて作ったほうが早いんじゃないか。1店なら10人しか雇用できないが、10店なら100人雇用できる。

そう考えて、石巻に資本金1億円の「株式会社ホット横丁」を設立。計11店舗が入った「ホット横丁石巻」を100日でオープンするという“東北応援プロジェクト”を、4月末に立ち上げたのが始まりでした。

津波の押し寄せた更地を借り、イベント用として開発中だったトレーラーハウスを引っ張って行った。現地では、社員とパート含めて100人以上を採用しました。ほとんどの方が被災者でしたので、本社事務所として借りた物件を宿泊所に変えて、東京からの応援メンバーとの共同生活を始めた。そして7月29日のオープンにこぎ着けたのです。
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2011年07月02日

<レディー・ガガ>菅首相、緑のバラを宿泊先に届ける


 菅直人首相が、東日本大震災の復興支援イベントのために来日中の米人気女性歌手レディー・ガガさんにバラの花を贈っていたことが1日、分かった。ガガさんが「日本は安全だ」と訴えるニュースを見た伸子夫人の周辺が発案し夫人が首相に提案。6月30日夜にガガさんのホテルに一輪のバラを届けた。

 バラはガガさんが好きな緑色で直径約10センチ程度。花びらに「Special Thanks」「Your Little Monster」と印字してある。ガガさんがファンを「リトルモンスター」と呼んでいるのを念頭に置いたメッセージ。

 ガガさんはツイッターでバラの画像を公開し、「私のキャリアの中で最も特別な瞬間だ。この名誉をありがとう」とのコメントも掲載した。
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2011年03月25日

みちのくプロレス活動再開「東北は不滅だー!」



 東日本大震災で被災した「みちのくプロレス」が九州遠征で活動を再開した。「地元にいても今は手も足もでない。だとしたら何ができるのか?」。遠征中止も検討したが、中心選手のザ・グレート・サスケさん(41)らは、悩んだ末、自分たちにできる支援の道を選んだ。

 「みちのくは、東北は、永遠に不滅だー!」。遠征初日の23日夜、長崎県の島原復興アリーナで激しいファイトを披露したサスケさんは叫んだ。試合後には、募金箱を持って一人一人と握手した。1万円札を入れた人、手にいっぱいの硬貨を入れた人もいた。「我々も被災者だけど、より被害の重い人を助けないで九州に来ることはデリケートな問題だった。でも来てよかった。頂いた温かい声援を東北にもって帰りたい」。

 岩手県滝沢村の合宿所は地震で地滑りが起こる危険があり、近くの幼稚園に避難、仙台市など東北の大会は中止していた。遠征興行は24日に熊本市内で開かれたほか28日まで連日九州各地である。(増田創至)
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2011年03月19日

決死の放水作業「英雄」と称賛 露上院副議長



 ロシア上院のトルシン第1副議長は18日、東日本大震災で事故を起こした福島第1原発で放水などの冷却作業を続けている自衛隊員や警察官らを「自己犠牲をいとわない英雄」と称賛した。インタファクス通信が伝えた。

 トルシン氏は、現場での決死の活動に「頭が下がる」とし「彼らは危機を解決してくれるだけでなく、とても大切な見本を示している」と指摘。

 今回の原発事故が収束した後も「日本の若い世代はこの英雄的な人々を忘れず、将来は自分の子供のために犠牲を払うだろう」と述べた。

この先も原発を維持したいのであれば、電力各社は彼ら英雄的部隊に相当する組織を、自ら保有すべきではなかろうか。
posted by 北海道頑張れ at 12:21| 勇者 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年03月18日

スカイツリー、634メートルに到達 完成時の高さに

 建設中の東京スカイツリー(東京都墨田区)が18日午後1時34分、完成時の高さ634メートルに到達した。東日本大震災の影響はなく、ほぼ予定通り。内装工事をへて来春、開業する。

 東武タワースカイツリー社によると、17日までの高さは625メートル。18日午前9時50分から、アンテナを取り付ける鉄塔の引き上げ作業を始めた。634メートルは東京近辺の旧国名「武蔵(むさし)」にちなんでいる。

あの大地震の中大きな事故もなく平然と工事が進んでいるのが脅威。

posted by 北海道頑張れ at 14:22| 勇者 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

中国人研修生助け、自らは津波に 中国で感動広がる

 【北京=吉岡桂子】東日本大震災の発生直後、中国・大連から宮城県女川町へ働きに来ていた研修生20人に「津波が来るぞ」と警告し、高台の神社に避難させたあと、自らは津波にのまれた――。ある日本人男性の自己犠牲が中国メディアで報じられ、静かな感動を呼んでいる。

 国営新華社通信が18日までに伝えたところによると、その男性は、女川町にある老舗の水産加工会社、「佐藤水産」専務の「佐藤充」さんだという。同社は、生ウニを東京・築地市場などに出荷しており、中国人研修生たちは加工や出荷に携わってきた。

 地震発生時、津波の知識を持たず宿舎近くに逃れた研修生たちを、佐藤さんは「もっと高いところへ」と神社へ誘導した。そして再び宿舎に戻ったところを津波が襲った。

 ある研修生は「彼が津波にのまれていくのを見た」と、新華社の取材に対し嗚咽(おえつ)しながら語った。大雪となった震災当日の晩、佐藤さんの兄にあたる社長は、研修生の寝泊まり先を探して奔走、知人の家を見つけてくれた。研修生たちは「現地の人々の助けがなければ今の私はない」などと話しているという。

 記事を「感動」というタイトルで掲載した北京の新聞、新京報には「愛には国境はない」などとコメントが寄せられているという。中国のインターネットサイトには、以前からの厳しい対日感情を反映して、東日本大震災で「日本に天罰が下った」などというコメントがみられる一方で、佐藤さんのような日本人の振る舞いに敬意を表す人々も増えている。

日本人だ中国人だと括ることに絶対の意味はない。日本人にも中国人にも良い人もいれば悪い人もいる。

ラベル:朝日新聞 中国
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2011年03月17日

「陸自ヘリ隊員どうか無事で、そして効果を」

読売新聞より

 爆発や火災が相次ぐ福島第一原子力発電所で17日午前、自衛隊ヘリが上空から実施した冷却水の投下は、防衛省内部からも強い懸念の声が上がる中での任務だった。


 北沢防衛相は、3号機への海水投下後の午前11時過ぎ、防衛省内で記者会見を開き、「(3号機の状態は)今日が限度だと判断し、投下を実施した」と述べた。「(冷却水は)間違いなくかかった。我々の決行したミッションが成功に帰したと今の段階では期待している」とも語った。

 出動したのは、陸自第一ヘリ団(千葉県木更津市)に所属するヘリ。乗組員は防護服と防護マスクを着用し、機内には下方からの放射線を低減するためタングステン製のシートを床に敷いた。放射線量を計測する機器も載せ、数値を確認しながら投下を実施した。

 自衛隊ヘリによる同様の作業は山火事の消火活動でも実績があるが、広い面積に水をまくのと違い、今回はピンポイントで3号機のプールに命中させなければならない。あるパイロットは「正確に投下するため速度を落とす必要があるが、危険を避けるためには速やかに現場を離れなければならない。命中はかなり難しい」と話す。

 しかも、防護服を着用しながらの操作は、動きや視野が限られるので非常に難しい。また、数トンの水を一気に投下した際に原子炉でどういった反応が出るかは分からず、「水蒸気爆発が起きたらどうなるのか」と心配する声もあった。

 「何より隊員らが無事であってほしい。危険を冒すのだから、効果が上がることを祈っている」。防衛省幹部は、投下作業の様子を流すテレビを食い入るように見ながら語った。

 17日午後にも放水を開始する警視庁の高圧放水車の活動にも様々な困難が伴う。

 政府関係者によると、当初は消防車両の出動も検討されたが、30度の角度で20〜30メートルしか届かないため、同角度で80メートル先の標的を狙える警視庁の高圧放水車が選ばれた。しかし、高圧放水車は本来、デモ隊や過激派などの制圧が目的で、高所への角度をつけた放水は想定していない。距離が離れるほど水の勢いが落ち、命中率も低くなる。同庁幹部は「風向きなど天候にも左右される。難しい現場になるだろう」と言う。

 機動隊員らは数人1組で車内から放水車を操作する。自衛隊員も立ち会い、現場の放射線量などを計測しながら作業に当たる。17日正午前に記者会見した中野国家公安委員長は「放射線について安全を図りながらも、限界に挑戦する。重大な任務を達成して国民の期待に応えたい」と話した。

ラベル:陸上自衛隊
posted by 北海道頑張れ at 20:03| 勇者 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年03月16日

被曝の恐怖、余震…真っ暗な建屋で決死の作業

読売新聞より

 高濃度の放射性物質の放出が続く福島第一原発。放射能汚染の恐怖と闘いながら、決死の作業が続く。

 15日朝に大きな爆発が起きた2号機。

 東電や協力企業の作業員ら800人が水の注入作業を行っていたが、爆発に伴い、「必要最小限」という50人を残し、750人が一時、現場から離れた。被曝(ひばく)を避けるため、放射線量が高くなると作業を中断しなければならない。15日午前、隣接する3号機付近で観測された400ミリ・シーベルトの環境下で作業できる時間は15分が限度。津波による被害で、停電も続く。

 照明がつかないため真っ暗な建屋内で、作業の効率はあがらない。余震が続く中、津波警報で作業の中断を余儀なくされることもある。400ミリ・シーベルトを記録したのは、作業員が携帯する放射線監視装置だった。

 12日午後、高圧になった1号機の格納容器内の蒸気を逃がすための弁が開放された。格納容器に亀裂が入る最悪の事態はまぬがれた。その弁を開ける作業にあたった男性は、100ミリ・シーベルト以上の放射線を浴び、吐き気やだるさを訴えて病院へ搬送された。

 もともと、この作業では、大量の放射線を浴びる危険があった。このため、1号機の構造に詳しいベテラン社員である当直長が作業を担当。「タイベック」と呼ばれる特殊な全身つなぎ服とマスクを身につけ、手早く弁を開けたが、10分超で一般人が1年に浴びてもいい放射線量の100倍にあたる放射線を浴びた。

 経済産業省原子力安全・保安院によると、同原発で注水作業に当たる東電職員らは約70人。ポンプなどを制御しつつ、交代しながら格納容器付近の現場で活動している。

 本来、中央制御室で監視できる計器も、被災後、故障し計測不能なものがある。遠隔制御も不能で、原子炉冷却のために弁を開く作業も現場で手作業するしかない。福島第一原発は1971年に1号機が稼働した古い原発で、通路などが狭く作業しにくいことも足を引っ張っている。

 注水が進めば原子炉内の圧力が上昇し、炉の崩壊の危険性が高まるため、弁を開いてガスを外部に放出しながら進めなければならない。ガスは放射性物質を含むため、放出自体は最小限に抑えなければならない。東電の担当者は「バランスをみながらぎりぎりの選択の連続だ」とため息をつく。
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「使命感持って行く」=電力会社社員、福島へ―定年前に自ら志願

時事通信より

 福島第1原発の事故で、情報提供の遅れなど東京電力の対応に批判が集まる一方、最悪の事態を避けるため、危険を顧みず作業に当たる同社や協力会社の社員もいる。地方の電力会社に勤務する島根県の男性(59)は、定年を半年後に控えながら、志願して応援のため福島へ向かった。
 会社員の娘(27)によると、男性は約40年にわたり原発の運転に従事し、9月に定年退職する予定だった。事故発生を受け、会社が募集した約20人の応援派遣に応じた。
 男性は13日、「今の対応で原発の未来が変わる。使命感を持って行きたい」と家族に告げ、志願したことを明かした。話を聞いた娘は、家ではあまり話さず、頼りなく感じることもある父を誇りに思い、涙が出そうになったという。
 東京電力側の受け入れ体制が整った15日朝、男性は自宅をたった。特別なことにしたくないと考えた娘は見送りはせず、普段通りに出勤した。「最初は行ってほしくなかったが、もし何かあっても、自分で決めたことなら悔いはないと思った」と話し、無事の帰宅を祈る。
 男性の妻(58)は「彼は18歳の時からずっと原発の運転をしてきた。一番安全なものをやっているという自信があったんだと思う」と話す。出発を見送り、「現地の人に安心を与えるために、頑張ってきて」と声を掛けたという。 
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