2011年12月02日

安住財務相も100万円買う 大臣の感謝状が付く個人向け復興国債

発行計画総額1兆5000億円の個人向け国債(個人向け利付国庫債券)が、全国1102の銀行、証券など金融機関で発売される。安住淳財務相は2日の会見でPRに努めた。

「5日から販売されるので、ぜひみなさんよろしくお願いしますと、今朝の閣僚懇談会で話しました。閣僚に強制するものではありませんが、私も100万円購入しようと思っています。私の感謝状が届くので、給料の高い報道機関のみなさんもよろしく」

国債購入が大臣規範の資産購入制限に抵触しないことを確認し、その日のうちに購入手続きのための用紙を受け取ったという。感謝状は金融機関に用意され、銀行など対面販売の場合はその場で金融機関が、証券会社のような場合は郵送で送付される。安住氏も、自らの感謝状をもらうことになる。

個人向け復興国債は、使途をすべて東日本大震災の復興対策に限定する。従来の新規国債のように発行済み国債の借換には振り向けず、復興国債を購入した資金は直接、東日本大震災対策に使われる。債券と同じサイズの感謝状には、こう書かれている。

『皆様からお預かりした資金につきましては、その全額を東日本大震災からの復興を図るために実施する施策に大切に使わせていただきます 財務大臣 安住淳』

政府は国債での調達を予定する1兆5500万円のほとんどである1兆5000万円を、個人向け復興国債で手当する予定だ。

「家も家族も職場をなくした人にとっての年の瀬はつらい。国としてできることはやっていかなければならない。できることはしたいという気持ちはある。私の感謝状も出る。よろしくお願いします」と、安住氏は繰り返した。

復興国債として発行されるのは、利率が半年に一度見直される変動10年(年率0.72%)と、満期まで金利が変わらない固定5年(年率0.33%)、固定3年(年率0.18%)の3種類。募集期間は12月5日〜12月30日まで。固定3年は3月まで毎月、変動10年と固定5年は来年3月にも発売を予定する。

一定期間後は中途換金も可能で、その場合でも元本割れがない。諸条件は通常の個人向け国債と同じだ。

《中島みなみ》

//comment
私も固定5年を1万円分ですが買おうと思います。偽善ですが。


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2011年04月05日

故人に化粧、遺族と見送る ボランティア納棺師が奔走


停電時にノートパソコン等の小型家電を6時間程度動かすことができます。

 東日本大震災の被災地でボランティア活動を続けている納棺師がいる。亡くなった人たちの顔を安らかにして化粧をし、遺族と悲しみを分かち合う日々だ。

 岩手県北上市の復元・納棺師の笹原留似子(るいこ)さん(38)。札幌で納棺師をし、5年前、両親が住む北上市に移った。

 納棺師と遺族が一緒に亡くなった人に化粧を施して見送る「参加型納棺」をめざす。岩手県内の福祉・医療関係者らと、家族や友人を亡くした人に寄り添って悲しみを癒やす「グリーフケア」の輪を広げようとしていたところに地震が起きた。ボランティア組織「つなげるつながる委員会」を立ち上げ、3月18日にスタッフと沿岸部に入った。

 遺族が故人に触れ、口紅や頬紅を塗って最後の別れを告げるには、遺体を生前の姿に近づける「復元」の作業をする必要がある。車中泊を繰り返しながら、被災地を回った。

 検視が済んで身元が確認された遺体は、安置所から地元の集会所などに移される。葬儀までの間に、復元、納棺をする。目を閉じ、口を閉じ、硬直を解いて笑顔にした後、遺族も加わって化粧をする。普段は納棺までにかかる時間は20分程度だが、この震災では損傷が激しく、1時間かかるケースが多いという。

 10日ほどの間に、生後10日の赤ちゃんから90歳を超えるお年寄りまで、約150人を見送った。

 笹原さんは、努めて遺族の話を聴くようにしている。「家族を失い、なぜ生き残ったのかと自分を責めている人たちも多い。遺族に寄り添い、元気づけたい。生死を分けたそれぞれのお話から勇気もいただいています」(但木汎)

    ◇

 つなげるつながる委員会(0197・62・6077 〒024・0071北上市上江釣子18の17の5)は、脱脂綿、テーピング用テープ、綿棒、新しい口紅などの支援を求めている。
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北沢防衛相、米空母訪れ謝意 「同盟国誇りに思う」


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 北沢俊美防衛相は4日、三陸沖で支援活動中の米原子力空母ロナルド・レーガンを訪問し、「米軍に感謝と称賛を申し上げたい。今ほど米国が同盟国であったことを頼もしく、誇りに思う時はない」と謝意を表明した。

 北沢氏は約2千人の乗組員を前に「米国の迅速かつ力強い支援は、半世紀にわたる日米同盟により、両国が培ってきた絆の証しだ」との菅直人首相のメッセージも代読した。

 米軍の支援態勢は4日現在で総員約1万4千人、艦艇10隻、航空機約110機。在日米軍によると、一部の艦艇はすでに米軍の支援作戦「トモダチ作戦」の任務を離れており、海軍を中心に、徐々に規模を縮小するという。
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避難所で24時間寄り添う 全国から災害支援ナース


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 阪神大震災の教訓から発足した「災害支援ナース」が全国から集まり、24時間態勢で被災者に寄り添っている。「せっかく助かった命が、避難所で消えるのは耐えられない」。長引く避難生活で高齢者に感染症が広がるのを心配し、宮城、岩手両県の避難所を中心に泊まり込んでいる。

 約400人が避難する宮城県石巻市の住吉中学校の教室。看護師の坂井恵美子さん(40)が、毛布をひざに何枚も重ねた80代の女性の横にしゃがみ込んだ。

 「悲しみばっかなんだ。戦争と地震。戦争のときは若かったから、みんなでがんばった。でも今回はしんどいの」

 独り暮らしだった女性は津波の被害で自宅に住めなくなった。坂井さんは女性の背中にそっと手をあてた。女性が涙をぬぐい終わるまで話を聞いた。

 「何かお手伝いできることあったら言ってね」

 別の教室では、足の悪い80代の女性に、同僚の水谷由香里さん(46)が、トイレに連れて行ってもらうのを遠慮しないで水分をきちんととるように話していた。「もう帰っちゃうの」。毎回尋ねる女性に水谷さんは「夜もずっといるよ」。女性は両手で水谷さんの手を握り、「どうもね、どうもね」と何度も頭を下げた。

 坂井さんと水谷さんは愛知県の名古屋掖済会(えきさいかい)病院の看護師。日本看護協会の「災害支援ナース」として3月26日に被災地に入った。住吉中の保健室に3泊4日で泊まり込み、巡回医師団の診療の手伝いのほか、避難者の健康相談にのり、衛生面のアドバイスをした。

 ガスと水道どころか、当初は電気もなかった避難所の夜は早かった。日が暮れ、真っ暗になった保健室に懐中電灯の明かりをともすと、「ひどい下痢をしてしまった」「悪寒がひどくて眠れない」「おかしなせきが止まらない」と夜中にも避難者が訴えてきた。話を聞き、必要な場合は病院に搬送してもらった。担当した3日間で2人が救急搬送された。

 住吉中は津波でひざの上まで水につかり、しばらくは電話も通じなかった。避難者には高齢者が多く、毎晩、2、3人はひどく体調を崩した。そのたびに、学校に泊まり込んでいる教職員が、懐中電灯を手にがれきの中を消防署まで10分走り、救急車を呼んでいた。

 ところが震災から約10日たって、看護師が常駐すると、救急車を呼ぶ回数も2日に1回程度に減った。泊まり込む末永幸一校長は「安心感が違う」と話す。

 災害支援ナースは発足後4回目の活動で、初めて避難所を中心に活動する。病院の被災も多く、医療や介護の必要な高齢者が避難所で過ごしているためだ。

 宮城県内の観光バスが全国から東京に集まった看護師を乗せて避難所に順に降ろしていく。4日現在で、宮城県の避難所17カ所に55人、岩手県の避難所3カ所と病院4カ所に40人。これまで被災地入りしたのは340人にのぼる。3泊4日ごとに交代する態勢で、1カ月は続ける予定。約千人が活動する方針だ。

 仙台市の前線本部でコーディネーターを務める看護研修学校教員の石井美恵子さん(48)は「たくさんのことができるわけではない。でも、今は、そばにいることができれば」と話している。(上田真由美)

    ◇

 〈災害支援ナース〉 1995年の阪神大震災後に、日本看護協会が作った制度。救急医療の優先度を判定する「トリアージ」や応急処置、心のケアなどの研修を受けた看護師4800人余りが登録されている。これまで2004年の新潟県中越、07年の能登半島、同年の中越沖の3地震で、同協会が被災地に派遣。主に医療機関で活動してきた。
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2011年04月04日

AJバイク組合 テントで支援「野菜がほしい


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全国オートバイ組合連合会(=AJ・吉田純一会長)が、テント生活を続けながら災害支援を続けている。いまだ支援の手が差し伸べられない孤立した山間の集落に、用意した自分たちの食料も拠出しているという。

AJは、3月28日から宮城県石巻市に入り、4か所で分散して支援を続けているが、第二陣からは、全体の約半数に当たる10人を宮城県雄勝町に集中させた。支援隊事務局で人員調整に当たる橋章友課長補佐は、現地の窮状を訴える。

「支援に入った雄勝町の山間部に少人数の集落がある。そうした住民はお年寄りが多く、避難所に入らず、自宅で過ごしていることが多い。自衛隊の手もまだ入っていない」

既報ではAJはパンク修理に忙殺されていると伝えたが、雄勝町の山間地のように乗用車も入れないような場所では、AJのオートバイが連絡係と物資輸送で活躍している。

「とても一般のボランティアでは乗れないような難所ばかり。今回のボランティアはモトクロスレース出場者やラリー経験者が多いため、こうした被災地域でもその点は安心している」

AJのボランティアは、カップラーメンやパンなどの非常食や薬品を配りながら住民の安否を確認しているが、住民には共通したリクエストがあるという。

「多くの人はカップラーメンやパンなどより調味料や野菜を希望している。お年寄りには自分たちの慣れ親しんだ味があり、被災から毎日非常食で疲れ切っている」

そのため自分たちが食べるために持ち込んだ食料を、被災地の人々に分けている状態だという。

「連合会で持ち込んだドレッシングや野菜をオートバイで運んでいます」

堤防の決壊で浸水した海水は、そのまま平野部に残っている。もともとの生活場所だったところは、役場の庁舎さえ流された。一度被災した地域は安全とは言えないため、雄勝町に滞在するボランティアは、山間部にテントを張って野営している。

「普通に鹿や猪などの動物が顔を見せる場所で、寝袋に入ってテントで暮らす生活です」

AJの災害支援は、バイクショップを経営する傍らでボランティアに参加しているため、4月6日で一応の区切りを付ける。地元からは引き続き動員の要請があり、一部有志に切り替えて対応することが決まっている。
posted by 北海道頑張れ at 16:12| 支援 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

バイク組合 情報伝達よりパンク修理


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宮城県入りしてボランティア活動を続けている全国オートバイ協同組合連合会(AJ)が、パンク修理に忙殺されている。

「被災した町にはがれきがたくさん残っている。四輪車が入れない道路を通ることもあって、予想以上にパンクが多い」

28日に宮城県石巻市に入った吉田純一会長を隊長とする先遣隊からこんな連絡が入っていることを、福井二朗専務理事が明かした。

当初、AJはオートバイによる情報収集を想定したが、道路が寸断されて無線や携帯電話が使えない山奥に小物を持って回るのは、地元の事情に通じている役所の職員が担っている。

「先遣隊が移動する時にも、すでにパンクを経験した。普通の道路では珍しいパンクでも、被災地では頻繁にある。それなのに、オートバイショップが被害に遭っているか、残っていてもコンプレッサーや工具が失われている」と、吉田氏は語っているという。

そのため第二陣は、コンプレッサーや工具を新たに準備して、31日に先遣隊と合流した。先発隊21人に代わって、4月1日以降は第二陣23人が活動する。

先発隊は28日に宮城県入りした。その当日に震度5の地震に見舞われた。総勢21人が、石巻地区 雄勝地区、女川地区、牡鹿地区など4か所に分散して、活動を始めている。
posted by 北海道頑張れ at 16:11| 支援 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

存在感を高める自衛隊-震災危機で


停電時にノートパソコン等の小型家電を6時間程度動かすことができます。

 がれきが散乱する陸前高田市では現在、迷彩服にOD(オリーブドラブ)色のヘルメット姿の自衛隊員数十人が、今回の地震と津波による犠牲者の捜索にあ たっている。沖合では自衛隊のヘリコプターが空から海上の遺体捜索を行う一方、付近の各避難所では、自衛隊員が給水活動や、被災者の衣服の洗濯まで行って いる。

 こうした活動は、24万人の自衛隊員のうち約10万6000人が救援活動に従事する戦後最大規模の自衛隊任務の一環だ。

 自衛隊はいま、正念場を迎えている。自衛隊が一層目立った国際的役割を見据えるなか、今回の任務が成功とみなされれば(これまでのところ、おおかた 成功とみなされているが)、自衛隊の活動活発化を受け入れる素地の拡大につながりうる。逆に、復興の遅れやその他の諸問題により任務が不調に終われば、自衛隊の評判を落とすことになりかねない。

 第2次大戦後に設けられた自衛隊は、戦争を放棄する憲法によって、任務を厳しく制限されている。自衛隊員は、イラクでの学校建設をはじめ、いくつか の国際的任務に参加してきたとはいえ、その活動は自衛や災害救助に限定されており、日本国民の多くは、国内外での自衛隊の活動拡大を依然警戒している。

 日本では軍隊に関する複雑な感情が根強いため、自衛隊員は制服姿で人前に出ることを控えてきた。政府は依然、「陸軍」や「海軍」といった用語の使用を避けている。防衛庁が防衛省に格上げになったのはつい4年前にすぎない。

 しかし、3月11日の地震と津波に伴い、自衛隊は、東北太平洋側沿岸部の大部分で主要災害対応機関として、いつになく人目に触れる役を割り当てられている。

 テレビでは、制服姿の隊員ががれきを棒でかき分けて遺体捜索にあたる様子をはじめ、自衛隊の活躍ぶりが映し出されている。自衛隊のヘリコプターは福島第1原発への放水を支援し、隊員は避難所での補給物資管理を支援してきた。

 ワシントンにある戦略国際問題研究所(CSIS)の日本専門家、マイケル・グリーン氏は自衛隊について、今回の危機に際し「大活躍をしてきた唯一の組織」と述べている。政府の対応については賛否両論がある一方、原発事業者である東京電力の経営陣に至っては批判一色だ。

 自衛隊が短期的救援活動の枠を超えた取り組みを持続するだけの人員と専門知識を持ち合わせているかどうかは不明だ。折木良一統合幕僚長は先週、隊員の活動は極限に近いと語った。

  防衛省の報道官によると、自衛隊員の士気は依然高いとはいえ、隊員といえども人間であり、疲労の色は隠せないという。自衛隊は目下、早期に配備された隊員が任務を外れて休息をとれるよう、シフト制導入を検討している。

 政府筋は、自衛隊員を災害救援活動にあたらせることがそもそも妥当かどうかについて議論してきた。救援活動で隊員を手いっぱいにさせることは、潜在的に国を無防備状態にするおそれや、国防に必要な資源を使い果たしてしまうおそれがあるためだ。

 自衛隊はこれまで、日本が災害に見舞われるたびに存在感を高めてきた。1995年の阪神・淡路大震災の後、政府は、災害時に自衛隊がより迅速に出動できるよう、自衛隊を補強する措置をとり、自衛隊の信頼性を高めた。

 ここ最近、北朝鮮や中国がもたらす仮想脅威に対する懸念が高まるなか、自衛隊の役割をめぐる議論が活発化してきた。その一方で、米国は、アジアの安全保障維持への協力面の負担増を日本に求めてきた。

 しかし、アフガニスタンやイラクでの非戦闘任務面での米国支援をはじめ、日本が海外任務への自衛隊参加を拡大し始めるにつれ、とりわけ第2次大戦中に日本軍の侵攻を受けた近隣諸国では、日本の野心に対する警戒感も強まっている。

 日本専門家のグリーン氏は、災害救援活動が成功すれば、自衛隊は、米軍との協力拡大を含め、役割拡大を要求しやすくなるとみている。

 少なくともこれまでのところ、津波の被害を受けた地域では、自衛隊への支持が高まりつつあるようだ。

 陸前高田市の高校生、タカハシ・ユウマさん(17)は、何人かの友人が自衛隊入隊を考えていると語る。タカハシさんは、「これまで、自衛隊は戦争のためだけにあると思っていたが、いまでは、自衛隊員は国民を助けるためにいるのだと分かった」と話している。
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ソフトバンク・孫正義社長、まずは個人で100億円寄付


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東日本大震災の被災者に向けての募金の輪が広がっているが、ソフトバンクの孫正義社長が義援・支援金100億円をドーンと寄付するという。そればかりではない。孫社長は2011年度から引退するまでの役員報酬の全額も寄付し、震災遺児らの支援に充てるそうだ。

きょうの各紙が取り上げているが、これまで個人の義援金では、「ユニクロ」を展開するファーストリテイリングの柳井正会長兼社長が10億円の寄付を発表しているが、孫社長の寄付額はこれまで判明している中では最高額とみられる。

米誌フォーブスの11年版世界長者番付によると、孫社長は日本でトップの81億ドル(約6800億円)の資産を保有。ソフトバンクの有価証券報告書によると、09年度の役員報酬は1億0800万円としている。

ソフトバンクは孫社長の個人的な寄付の他に企業としてもグループ全体で10億円を寄付。さらに、ソフトバンクモバイルが店頭などで義援金を募っており、これまでに約1億円を集めたという。

今から30年近く前、ベンチャー企業を立ち上げた当時の孫社長は、取材中によく「1丁(兆)、2丁(兆)」と、まるで豆腐を数えるようにケタ違いの数字を並べてビジョンを語っていた。そのケタ外れの数字を聞いて距離を置いた記者もいたが、現在、グループの連結売上高は2兆円を超えている。

スポーツや芸能人などが寄付する多額の義援金に対しては、「売名行為」などとの批判もあるが、打算であろうが良心であろうが募金は募金。100億円以上を寄付する孫社長については「あっぱれ」というほかに言葉は見つからない。
posted by 北海道頑張れ at 15:25| 支援 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年04月03日

インドネシア看護師候補が義援金=「今度は助ける番」「日本で働きたい」



 【ジャカルタ時事】日本とインドネシアの経済連携協定(EPA)に基づき、近く日本で研修予定のインドネシア人看護師・介護福祉士候補者が2日、東日本大震災の被災者への義援金1530万ルピア(約14万円)を塩尻孝二郎駐インドネシア大使に手渡した。
 この日は今年の候補者104人の中から代表3人が大使を訪問。介護福祉士候補の女性ベラ・ディアナ・サエランさん(21)は「(2004年の)スマトラ島沖地震・津波で日本は支援してくれた。今度はインドネシアが日本を助ける番だ」と語った。他の候補者も「地震があったが日本に行って勉強し、働きたい」「被災地でボランティアをしたい」などと決意を述べた。
 候補者は6月下旬までジャカルタで日本語研修を受け、その後日本で就労・研修しながら日本の国家試験合格を目指す。
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2011年03月29日

クライスラーが ジープ 6台など寄贈



クライスラー日本は、東日本大震災による被害地域を支援するため、ジープ『ラングラー』と衣類などを寄贈すると発表した。

オフロードも走破できるラングラーの「アンリミテッド・サハラ」6台を被災地に寄贈する。被災地では、津波による被害で建物の瓦礫などが散乱している道路も多いため、走破性のあるラングラーを活用してもらう。

また、ブランケットや衣類などの生活支援物資として約2400点も贈る。

親会社のクライスラーも米国赤十字社を通じて義援金20万ドルを寄付することを公表している。
posted by 北海道頑張れ at 14:49| 支援 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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